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緑風荘の座敷わらし

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緑風荘の座敷わらし

岩手県二戸市にある金田一温泉郷に、「緑風荘」という座敷わらしが出ることで有名な旅館がかつて存在していた。
座敷わらしは、家に住み着くとその家は裕福になるとも言われる福の神や守護霊のような存在だが、緑風荘の座敷わらしにも、言い伝えそのままの逸話が残されている。
特に緑風荘の本館にある「槐(えんじゅ)の間」に座敷わらしが出ると言われており、ここに宿泊し座敷わらしと出会った人々は、男性であれば仕事で成功を収め、女性であれば玉の輿に乗ることが出来たという。
実際にこの旅館に宿泊し、その後成功を収めたと言われている人物は多い。
昔の政治家では、原敬や米内光正などが緑風荘に宿泊後に総理大臣に就任し、近いところでは、福田赳夫が息子の康夫と宿泊しており、親子共にその後、総理大臣になった。
実業家でも、本田宗一郎(本田技研創業者)や松下幸之助(パナソニック創業者)が、この宿に宿泊したのち事業を拡大させ、稲盛和夫(京セラ創業者)は宿泊後に業績の立て直しに成功したという。
その他にも、遠藤周作や、金田一京助、最近の例ではゆずなども、宿泊したのちそれぞれの分野で成功をおさめたと言われている。
様々な人物を成功に導いたというこの座敷わらしには、亀麿(かめまろ)という呼び名がある。
この名はある伝説に由来するもので、このような話が語られている。
天皇家が北朝と南朝に分かれ、争いとなった南北朝時代。
南朝の後醍醐天皇に使えていた藤原朝臣藤房が足利尊氏との戦いに破れ、落ち武者となって、大和国(現在の奈良)から陸奥の国(岩手)まで逃げのびた。
藤房には6歳と4歳の息子がいたが、兄の亀麿が病によって死んでしまう。
こと切れる直前、亀麿は「末代まで家をお守りいたします」という言葉を残していた。
この亀麿が緑風荘の「槐の間」に住み着いたのだと言われている。

緑風館の座敷わらしは人を選ぶようで、誰の前に姿を現したわけではなく、また「槐の間」以外で姿を見られることもあったという。
それでも「槐の間」への予約は殺到し、常に3年先までの予約で埋まるような状況にあった。
だが、2009年10月4日、「緑風荘」は火災によって建物が全焼してしまった。
幸いにも当時宿泊していた21人の宿泊客と9人の従業員は全員無事であった。
この火災直後、筆者は現地を取材をしたが、近隣の方々が火災前後に目撃したさまざまな怪異証言を聞くことができた。
緑風荘の入り口の斜向かいに、内装関連の業務を行っている会社があるのだが、ここの経営者の方は緑風荘の火事当日に奇妙なものを目撃している。
燃え上がる緑風荘から飛来した火の粉が会社とは反対側にある畑に降り注ぎ、そこにあった切り株が燃え上がり、その方が鎮火作業にあたっている時のこと。ふと顔をあげると、緑風荘のある方角から半透明の球上のものがふらふらと飛んで行くのを見たのだという。
宙に浮かぶ球が飛んでいった方角は、緑風荘のご主人の家の墓がある方角だったそうである。
経営者の方は「球」と表現されていたが、これはオーブだった可能性も考えられる。
実は緑風荘には、以前からオーブが出現したという話があるのだ。
緑風荘の親戚の方が過去に緑風荘で撮影した写真には、たびたびオーブが写っており、火事の際に撮影した写真にもオーブが写り込んでいた。
その写真を見せていただいたが、確かに木々の間にオーブのようなものが写り込んでいた。
この方が緑風荘にいるときに、座敷わらしの存在を感じることもあったという。
十数年前にお兄さんとこの方が一緒に緑風荘に泊まった時に、座敷わらしが出たら撮影してやろうとカメラを用意した。
すると、廊下の方から足音が聞こえ、そのうち、奇妙な足音を出す存在が室内に入ってきた。
早く撮れと兄に催促したが、兄も自分もどうしてもカメラで撮ることができなかったそうだ。
また、お兄さんは、座敷わらしと片足飛びで遊んだり、鬼ごっこをしたこともあるという。
鬼ごっこの際には、逃げる座敷わらしを追いかけたところ、閉じたふすまの中に消えてしまい、自分は思い切りふすまにぶつかってしまったそうだ。

火災の直前にも座敷わらしの目撃談があった。
火災の2ヶ月前にあたる8月に、ある家族連れが宿泊したのだが、子供だけなぜか夜中に目が覚めた。
その子がトイレにいくと子供がいたので、しばらくジャンケンをして遊んだ。
翌日宿を探してもその子供は見つけられなかったという。
ちなみにこの家族が宿泊したのは、「槐の間」とは違う一般の部屋であった。
9月には、霊感の強い女性が宿泊したが、その方が夜中に目を覚めますと子供が立っていたという話もある。
宿のご主人が近所の方から聞いたこんな話もあった。
火災の当日、その方が緑風荘が燃える様子を見ていると、見たこともない子供が敷地内にある亀麿神社に逃げ込むのを見たそうなのだ。
亀麿神社とは、緑風荘の敷地内にある、座敷わらしを祀っている小さな神社である。
不思議なことに、緑風荘を全焼させるほどの火事だったにもかかわらず、この神社だけは火災を免れている。
こんな話も聞いた。
緑風荘の敷地に隣接して親せきの方の家があり、その家から外に嫁いだ娘さんが出産のため、帰郷しようとしていた。
その折にニュースで火災の話を聞き、実家もダメかなと思いながら戻ったところ、緑風荘が全焼するほどの火災だったにもかかわらず、自分の家はまったく無傷なので驚いたという。
この逸話を聞いた緑風荘のご主人は、「座敷わらしがお腹の赤ちゃんのために、家を守ってあげたのではないか」と思ったそうだ。
緑風荘のご主人は以前、近所の方から、座敷わらしは金田一温泉一帯が遊び場らしく、時々ほかの宿でも目撃されていると聞いたことがあったという。
劇団四季は、当地の座敷わらしがモデルになった「ユタと不思議な仲間たち」という劇を演じている関係でたびたび同地を訪問し、芝居のイメージを深めているというが、仙養館という宿に泊まった劇団員が記念撮影した際に丸い球が写り込み、座敷わらしではないかと評判になったこともあったそうだ。
このように、緑風荘に火事が起きた年の夏ごろから火災当時までのあいだに、近辺で多くの不思議な体験や、目撃談が多いことがわかった。
火事が起きて以来、緑風荘はまだ営業が再開されていないが、現在再建にむけた計画が進められているそうだ。
1日も早く緑風荘の営業が再開されることを祈りたい。

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