こんな噂を聴いた。
米国にある夫婦がいた。夫がビジネスで成功していた為、二人は大層裕福な暮らしをしており、働く必要すら無いほどであった。
夫が立ち上げた会社は早々に株式公開を成し遂げ、夫は40代にして仕事をセミリタイアした。
そんな夫婦は、世界各地を旅行するのを趣味としていた。
アジア、南米、アフリカ…。欧米とは異なる風俗や習慣は彼らにとっては非常に新鮮なものであり、そこに面白さも見いだしていたのである。
「特に世界各地の辺鄙な場所での食事が楽しみだ。とんでもないゲテモノが出て来た時の、あのショックといったら、これにまさるスリルはない」
二人は毎月のように世界各国を旅行し、その土地の風土を肌で感じ、レストランで名物料理を食べるという行動を楽しんでいた。
つまり、セミリタイアした彼らにとって、それが新しい生き甲斐となっていたのだ。
二人には子供はいなかったが、我が子のように可愛がっている犬がいた。
愛犬の名前はスージー。
飼い主の言う事をよく聞く、頭の良い犬であった。
二人はスージーを世界中どこにでも連れていった。
愛犬スージーは子供同然の大切な家族であり、旅行のパートナーでもあったのだ。
ある年の夏、二人は南米の某国を訪問した。
蒸し暑いある日のこと。
夫婦は、昼間から様々な観光スポットを訪問していたが、夕方になるころにはかなりの疲労感を感じていた。
そんななか、妻が提案した。
「貴方お腹がすいたわ。食事にしましょう」
「そうしよう。スージーの奴もご機嫌ななめのようだしな」
「このあたりはどんなメニューがあるのかしら」
「う~ん、予想もつかんが、だからこそ期待してしまうな」
夫はにやりと笑うと、今夜の食事に心を想いを巡らせた。
ふと前方を見るとレストランが見えた。
「おおっレストランがあるじゃないか、あそこで食事でもしよう」
「いいわねえ、なんか味わいのある外装ね」
「意外にあんな店ほどうまいのさ」
夫婦はそのレストランのドアを開けた。
店内に一歩はいると、人の良さそうな店主が、現地の言葉で、うやうやしく挨拶をしてくる。
「なかなか礼儀正しい店だ。何か自信のある料理を出してくれ」
英語のしゃべれない主人ではあったが、どうにか意味は通じたみたいだ。
「お、そうそう君! スージーにも食べ物を与えてやってくれ」
夫が店の主人に、スージーを指さし、食事をとる仕草で説明した。
勘の良い店主は理解したらしく、笑顔でうなずくとスージーを厨房の方に連れていった。
「この店は人間と犬は別々に食事させるのか。まぁスージーがいることを快く思わない客もいるだろうから致し方ないな」
「そうね。でも、気が利く店みたいだから、きっとスージーには特別メニューを出してくれるわよ」
夫婦はそんなことを話しながら、食事前の和やかな空気を楽しんでいた。
そうこうしている内に次々と料理が運ばれて来た。
食材の良さもあるのか、出された料理はどれも、世界中の料理を食べ歩いている夫婦の下をうならせるほどであった。
ただ、その量は半端ではなかった。
「ボリュームがあるね。とても僕らだけでも食べきれないよ」
「でも、美味しいお店だわ」
妻も上機嫌であった。
そして、いよいよメインデッシュが運ばれてきた。
銀盆で蓋がしてある大きな皿がテーブルに出された。
「おいおい、こんなにメインデイッシュは大きいのかい、とてもじゃないが食べきれないよ」
「ほんとだわ、もうお腹いっぱいよ」
そう言いながらも、一体どんな料理なのだろうかと、ふたりは期待で目をきらきらと輝かせた。
笑みを浮かべながら、二人が皿を開けると、そこには…。
念入りに料理されたスージーの姿があった。
店主はスージーに食べ物を与えてくれというジェスチャーを、”スージーを食べたい”という意味にとったのだ。