雨の日にまつわるこんな噂が存在している。
雨の日の通学路。下校途中の小学生が傘をさしながら帰り道を歩いていると、道に奇妙な女がいることに気がついた。
その女は、いたるところが破れたボロボロの服を着ていて、心ここにあらずといった様子で茫然と道の隅に立っている。
そして、手には小学生ぐらいの子供を連れていた。
この雨の中、傘もささずにあんな身なりでどうしたのかと思いながら歩いていくと、その女が恐ろしいまでに不気味な姿をしていることに気がついた。
女の顔にはいくつもの傷があり、口は耳元まで裂け、目も普通では考えられないほどの角度につり上がっていた。
しかも、彼女が連れていたのは人間ではなく、精巧に作られた人形であった。
その人形はひどく粗末に扱われており、女は人形を地面に引きずるようにしてこちらに歩いてきた。
小学生は女の不気味な姿に恐れを感じたが、こちらを見ている風でもなく焦点の合わぬ目をしながら歩いているので、きっと精神的におかしな人なのだろうと思った。
小走りに通り過ぎてしまおうと女の横を通ると、いきなり女に襟首を掴まれた。
声を上げる間もなく、女はいきなり小学生の顔をガリガリと地面にこすりつけた。
小学生は絶叫するが、女はいっこうにやめようとせず、小学生をひきずりながら、どこかに消えてしまった。
翌日、空き地からあるものが発見されたことで、町は大騒ぎになった。
それは動物のものとも人間のものとも判別できないほどに損壊した肉の塊であった。
それは女に捕まり、引きずられていった少年の成れの果ての姿だった。
小学生は女に引きずられ続け、肉塊にされてしまったのである。
この女は「ヒキコさん」と呼ばれる存在で、雨の日に現れ、小学生を見つけると、こうして肉塊にしてしまうのだという。
非常に不気味で残酷な話だが、筆者の運営するサイト「妖怪王」には、この「ヒキコさん」との関連が考えられる、こんな話が投稿されている。
ある県の小学校にRさんという女の子がいた。
クラスの中では目立たない地味な存在であったが、まじめで勉強もよくできる少女であった。
そのうえ、教師の言うことなどもよく守り、手伝いなども進んで引き受けてくれるので、教師たちからたいそう気に入られていた。
だが、他の生徒たちは、そうした彼女の行動を教師に気に入られようと得点稼ぎをしているのだとみなし、陰口を叩くようになった。
チクリ屋、点取り虫、スパイ、クラスの裏切り者。
Rさんは陰でそんな風に呼ばれるようになった。
生徒の誰かが悪さをして、それが教師の耳に入ると、Rさんが教師の好感を得るために告げ口しているのだと噂されるようになっていった。
次第に彼女は陰険ないじめを受けるようになった。
教科書や体操着を隠されたり、上履きに画鋲を仕込まれたりするようになってしまう。
教師に告げ口されるのをおそれてか、表立っては攻撃してこないものの、そうしたいじめはRさんの心を深く傷つけた。
ある雨の日の夕方。Rさんは沈んだ気持ちで雨が降りしきる帰り道を、一人トボトボと歩いていた。
「なんか臭くない?」
下を向いて歩いていたRさんは、まさかそれが自分に向けられた言葉だとは、微塵も思っていなかった。
「本当だ! くせぇ! なんだこの臭い!」
あまりに大きな声なので、Rさんは顔を上げて声がする方を見てみた。
そこにはクラスの中心人物的な男子2人と女子2人がいて、鼻を押さえながらRさんのことを見ていた。
まるで汚物を見るかのような彼らの視線は、Rさんに自分は本当に何か嫌な臭いを発しているのではないかと思わせるに十分なものであった。
Rさんが戸惑っていると、男子の1人が近寄ってきて、いきなり傘でRさんを強く突き、こう言った。
「おまえさー、ブスなうえに臭いとか最悪なんだよ」
その言葉に、他の3人はさも楽しそうな笑い声を上げた。
「しょうがないよねー。Rちゃんの家は貧乏だからお風呂も入れないんだもんねー」
Rさんは毎晩きちんとお風呂にも入っているし、洗濯だって母親がきちんとしてくれていた。
だが、女子から発せられた、その根拠の無い中傷は、Rさんの胸に深く突き刺さった。
面と向かってこんなひどい言葉を言われたことのなかったRさんは、一刻も早くこの場から消え去りたい気持ちに駆られていた。
だが、それに気づいたのか、4人はRさんを取り囲み、傘で突いては罵倒し続けた。
その日、Rさんはお気に入りのかわいいフリルのついた白いブラウスを着ていた。
それは、Rさんの母親も彼女が気に入っていることを知っていて、とても大切に扱ってくれていたものだった。
それがいまや、傘で突かれることで出来た茶色い斑点模様に染められていた。
Rさんの目から大粒の涙が零れおちた。のどの奥から嗚咽が漏れ、その場に崩れ落ちそうになった。
その姿はさらにいじめっ子たちを刺激し、彼らはさらにひどい言葉を浴びせ、小突き回した。
「お願いだから学校に来ないで」「生まれてこなければ良かったのに」「おまえなんか死ねよ!」
心ない言葉を散々に浴びせかけられ、Rさんはパニック状態に陥った。
「いやーーー!!!」
悲痛な叫び声をあげると、周囲を取り囲むいじめっ子のひとりを突き飛ばし、その場を離れたい一心で駆け出していた。
だが、飛び出した先は道路であった。激しく取り乱していたRさんは、トラックが来ている事に気づかなかった。
自分がトラックのライトを浴びていることに気づいたときにはもう遅かった。
次の瞬間、Rさんの体は宙を舞い、道路に叩き付けられ、ボロ切れのように地面を転がった。
さらに、Rさんをはねたトラックは、減速することなく痩せた彼女の足を轢き、タイヤに巻き込んでしまった。
彼女は絶叫しながら地面を引きずられた。
Rさんを轢いたことに運転手は気づいていないのか、トラックはそのまま走り続けた。
彼女の体は電柱や壁に激突し、そのたびにピンボールの玉のように跳ねた。
「ぎゃああああああ!!!」
首が折れ、腕が折れ、足が奇妙な方向に曲がり、体中の肉が削ぎ落とされていった。
さらには、目玉も飛び出し、鼻も削げ落ちた。
それでも、Rさんは絶叫し続けていたが、すぐにその声も途絶えた。
トラックが走り去ったあとの道路には、彼女の肉片と血がこびりついていた。
いじめっ子の4人が震えながら見つめる前で、Rさんは見る影もない姿になって息を引き取ったのであった。
それ以来、この学校では奇妙な噂が立ち始めた。
雨の日の通学路に、気味の悪い姿の少女が現れるようになったというのだ。
その少女は、本当に少女であるかすら判別が出来ないほどのひどい傷跡と血にまみれた姿をして、学校帰りの子供たちに折れ曲がった指を突き出し、こう聞くのだという。
「引きずってやろうか?」
この質問に「はい」と答えてしまうと、1週間以内に車に轢かれ死亡するのだという。
だから絶対に質問には答えてはいけないと言われている。
子供たちはこの少女のことを「ひきずり女」と呼んで恐れた。
ちなみに、Rさんをいじめた4人組は、次々と車に跳ねられ死亡したのだという。
彼らを轢いた車には、全身傷だらけの不気味な少女が乗っていたと噂されている。
見てきた通り、冒頭で紹介した「ヒキコさん」と「ひきずり女」は多くの共通点を持っており、何らかの関連がある存在だとも考えられる。
もしかしたら、どちらかが元となって、派生した話なのかもしれない。
冒頭で紹介した「ヒキコさん」は問答無用で子供たちを襲うのに対し、「ひきずり女」は質問に対する答えによっては、助かることもあるという、まだ救いのある存在として語られている点に相違点がみられる。
無差別に小学生を狙うとされる「ヒキコさん」だが、ある特定の人間だけは襲わないのだという。
「ヒキコさん」の本当の名前はわからないものの、彼女と同じ名前を持つ人間や、いじめを受けている子供たちだけは、決して襲わないのだと言われている。
もしかしたら「ヒキコさん」は、消えることのない恨みを抱え続けた「ひきずり女」が、より邪悪で凶悪な存在へと姿を変えたものなのかもしれない。