95年の春先前後だったように記憶している。
当時、千葉県の船橋市に住んでいた筆者は、深夜にシステム関連の仕事を行っていた。
深夜2時頃であったと思うが、私は車に乗る為、自分の駐車場まで歩いていた。
(眠いな~、さっさと仕事を終わらせよう)
私は油断するとひっつきそうになる瞼をこじ開けながら、とぼとぼと歩みをすすめた。
流石に深夜の街は静まりかえっており、ほほにあたる風は若干の寒気を含んでいた。
(草木も眠る丑三つ時とは良く言ったもんだ。人っ子ひとりいやしない)
自宅マンションから、契約駐車場は歩いて5分ぐらいの距離であったと記憶している。
砂利を敷き詰めただけの粗末な駐車場だったが、毎月の賃料が安く、当時の私にとっては大変ありがたい物件であったと記憶している。
ふと前方100mぐらい先の路上を見ると、犬を連れた初老の男性がいた。
(こんな時間に散歩とは珍しい。仕事の関係でこの時間しか散歩できないんだろうか)
住宅街であるが故、犬の散歩風景は特に珍しいものではない。
だが、私は何とも言えない違和感を感じた。
よく見ると男性は自転車に乗り、犬のリードを握っている。
自転車はごく普通のおばちゃんタイプのチャリンコで、リードが妙に長いのが気になった。
犬はリードで引っ張られながらも、自転車の周りを「ぐるぐる」とはい回っていた。
犬はまるで何か地面の匂いをかぎ回っているようにも見えた。
近くまで来た時、信じられないシーンに出くわした。
なんと、這っていた犬が突然立ち上がり、男性の自転車の後部座席に座ったのだ。
(ええっ??犬が立った?!あれっ人間なのか)
私が犬の顔を見ると、それは人間の少年であった。
少年はごく普通の容姿・服装をしていたと思う。
というのは、あまりの衝撃で少年の服装の記憶が脳裏から飛んでしまっているのだ。
ごく普通の顔をした少年だったが、只一つ違うのは首輪と、首輪から伸びたリードがある点である。
また、少年の表情がまったくの無表情だったのも印象的である。
唖然とする私だったが、次の瞬間、耐え難い恐怖が襲ってきた。
(おかしい、こいつら異常だ!早くこいつらから離れなければ)
人間というのものは信じれないものを見た時、衝撃を受けるのと同時に、言い難い恐怖に見舞われるもののようだ。
私が倒れ込むように駐車場の車に駆け込んだのは言うまでもない。
あの夜以降、この二人組に遭遇する事はなかった。
人犬は確かに存在する。