大きな事件や事故は、時として小説などにおいて、不気味な予兆で警告されることが多い。
そして、その予兆は、恐ろしいウワサとなり、広がっていく。
例えば、社会に衝撃を与えた犯罪として記憶に新しい松本サリン事件にも、偶然の一致というべき、奇妙な予兆があった。
1994年7月に松本市の某地域で、突如、幾人もの死亡者が出て、多数の住民たちが体の不調を訴えるという怪事件が起きた。
この事件は7人の死者と、213人の重軽傷者を出し、これらの死傷者を生んだ原因が化学兵器としても使われるサリンであったため、大きな波紋を呼んだ。
結局、薬品を持っていたという理由で、会社員の男性が容疑者として逮捕された。
だが、このことが、警察とマスコミに対する凄まじいまでの批判を生むきっかけになっていく。
会社員の男性は犯人と目され、警察による度重なる捜査を受け、さらにマスコミからも真犯人として、名指しされ続けることになったのだ。
しかし、この事件から半年ほど経った頃に起きた、オウム真理教が巻き起こした「地下鉄サリン事件」により、松本市で起きた事件もオウムの犯行であったことが判明する。
オウムの松本支部の立ち退きをめぐって起きた裁判で、オウム側の敗訴が濃厚になったため、担当判事の殺害を目論んでオウムが起こした事件であったことが明らかになったのだ。
会社員の男性は、半年間にもわたって、警察とマスコミから真犯人と目され続け、一般の人々からの誹謗中傷の手紙などが大量に送られ続けた。
警察の捜査方法、マスコミの報道姿勢が追求された事件であった。
実は、この事件を予言するような小説が、事件発生の3ケ月前に発売されていたのだ。
それは「みどりの刺青」というタイトルの小説で、「87分署シリーズ」などの警察小説で知られるエド・マクベインがジョン・アボットという別名義で書いたものであった。
米国では92年に発売されたのだが、日本では松本サリン事件の3ケ月前に翻訳され発売されている。
その内容はテロリストがサリンを使って、まったく痕跡も残さずブッシュ大統領を暗殺するという過激なものであり、サリンの制作工程も描写されていた(もちろん現実に真似できないように、一部、故意に違う手順で書かれていたが)。
当初、この作者も疑われたが、まったく偶然であることが判明した。
他にも、「地下鉄サリン事件」を予言したと言われる漫画も存在する。
「少年マガジン」で連載されていた「MMR マガジンミステリー調査班」でも同様の予言めいた回が存在していたのだ。
それは「甦るノストラダムス 暗黒大予言」というタイトルの回で、世界を動かしていると噂される組織「三百人委員会」がサリンを使ったテロを起こすというエピソードが紹介されたのだが、この回が収録された「少年マガジン」が発売された2ヶ月後に地下鉄サリン事件が発生しているのである。
そのためか、このエピソードはコミックにも収録されておらず、この回で初登場した調査隊員の話も抜けることとなり、コミックを読むと何の説明もなく同隊員が存在するという、奇妙な現象が起きている。
これらの小説や漫画の作者たちのイマジネーションは、未来を幻視していたのであろうか。