ある小学生が放課後に家に帰るため歩いていると、電信柱の影からいきなり男が現れ、呼び止められた。
不意に現れたその男はあまりにも異様な出で立ちをしていた。全身を包帯で覆っていて、その上にコートを羽織っているのだ。
不気味な姿をした男の登場に驚く小学生に対し、男は時間を尋ねた。
こんな男とは関わりあいになってはいけないと思いながらも、小学生は何をされるかわからないという恐怖感を抱き、腕時計で時間を確認しようとした。
すると、男は急に小学生の腕を取った。懐から注射器を取り出し、小学生の腕に針を刺した。
そして、中に入っていた液体を全て注入し終えると、その場を去っていった。
立ち去る男の姿を目で追いながらも小学生の視界が霞んでいく。小学生はその場に昏倒してしまった。
通りがかりの人に発見された小学生は病院に運ばれたが、息を引き取ってしまう。
小学生が死亡した原因は男に打たれた注射器に入っていた毒物だった。
包帯の男に注射された毒物によって、小学生は帰らぬ人となってしまったのであった。
毒物の入った注射を打つ男とはなんとも不気味な話である。
注射男とはいったい何者なのであろうか。
一説には、座敷牢に幽閉されて死亡した男性の怨念から生まれた妖怪とも言われているが、その由来は判然としない。
だが、こうした恐ろしい注射を打つ妖怪の存在が語られるようになった背景には、様々な影響があったことが考えられる。
例えば、少年時代の予防接種に対する過度の恐怖心が生んだものである可能性が挙げられる。
針を体に突き刺すという行為が引き起こす、痛みや視覚的な恐怖感が一番先鋭化するのが、小学生ぐらいの年頃であるだろう。
そうした恐怖心によって、「注射男」の話が生まれた可能性は大いに考えられる。
また、一部の人には先端恐怖症という尖った物に対する恐怖心がある。
これが妖怪化した可能性も高いようだ。
他にも、実際に起きた毒物犯罪による影響なども挙げられるだろう。
例えば1951年に、妻子ある男性と恋愛関係になった当時27歳の女医が、男性の妻に毒物を注射して殺害するという事件が起きている。
この女医は研究のためと称して男性の妻から採血を行うが、その際に大量のコカインを投与し、男性の妻を殺害している。
また、1998年~99年にかけて発生した4人の看護師の女性が引き起こした事件でも注射器が使われている。
この事件では4人の看護師のうち2人の夫が保険金を得る目的で殺害されているが、その際に注射器を使って静脈に空気を混入させるなどの方法で殺害を行っている。
こうした一連の注射器を使った毒殺事件から連想されるゾッとするような恐ろしさも、「注射男」を生んだ背景となったことも考えられるだろう。
他にも、投与してはいけない薬物を取り違えて注射してしまう医療事故の存在も背景になった可能性なども挙げられる。
そもそも注射器は人の体内に直接薬などを投与する医療器具であるが、普通、注射を打たれる人間は、注射を打つ人間に対し、医療行為をしてもらっているという一種の信頼感を持っている。
だが、その注射器を打つ人間が得体のしれない人物で、さらに中身が恐ろしい毒物であったとしたら、そこには計り知れない恐怖感がともなうことになる。
こうした恐怖感が形を変え、毒物を注射するためにさまよう妖怪になったとも考えられる。
人は注射器という存在からは意識的・無意識的に恐怖心を感じてしまうものなのである。
そうした恐怖心が生んだ都市伝説であることは間違いないだろう。