因みに交響曲9番の呪いにかかって死亡したドヴォルザークは、やはり無念であったのであろうか。彼自身の幽霊も目撃されている。
いささか眉唾の話だがフォークロアとしては興味深い怪談なのでここで紹介する。
「謎の怪奇ミステリー」(にちぶん文庫 平成6年3月25日)によると、ドヴォルザークの死後、彼の幽霊がアイルランドの首都ダブリンで目撃されているのだ。
ダブリンに長年住むカーリア夫妻は、ロンドンから久々に訪ねてきた友人と一緒に、楽しいひと時を過ごしていた。
その友人は音楽家で、若い頃プラハに留学し、ドヴルザークとは机を並べて学んだ中であるという。
夫のカーリアも音楽のたしなみがあったので、友人と夫は二人でドヴォルザークのカンタータ「幽霊の花嫁」を演奏したり、演奏のあとはドヴォルザークの思い出話に花を咲かせていた。
カーリア夫人がお茶を入れようとキッチンに向かった。居間からキッチンに向かうには応接室を通るのだが、応接室の暗がりの中に見知らぬ男が立っているのだ。
太い眉に口ひげ、鋭い目に高い鼻。
夫人の悲鳴で夫と友人が駆けつけたが、見知らぬ男はこつぜんと姿を消してしまう。
その容姿を聞いた友人は、まるでドヴォルザークそのものではないかと発言した。
生憎、夫人はドヴォルザークの顔を知らない。
ロンドンに帰宅した友人が、ドヴォルザークの写真を送ってきたのだが、その写真を見て夫人は息を飲んでしまった。
あの夜、見た男は、まぎれもなくドヴォルザークであったからである。
ドヴォルザークは呪いに殺されたその無念から、現世にとどまり、自分の曲を聞いてその姿を現せたのだろうか。