俳優の的場浩司氏は「ダウンタウンDXなど」TV番組で数多くの妖怪目撃談を話している。
緑色の顔をした「ゴム人間」や鳥の怪物など、氏の目撃談は都市伝説の形成に大きな影響を与えている。
それらの延長線だろうか。
的場氏は「人面犬の噂は自分と仲間たちが流した」と公言している。
これは本当であろうか。
一般的に、人面犬の噂はライター石丸元章氏が雑誌「ポップティーン」に寄せた情報を元に、意識的に仕掛けたものとされている。
ひょっとすると、その「ポップティーン」に投稿された情報の発信源が的場浩司氏と仲間たちであったのであろうか。
つまり、的場氏と友人達が在野で人面犬の噂を広げる。
更に、その噂をマスコミとして石丸氏が仕掛けるという無意識の連携によって、現代妖怪「人面犬」は生まれたのであろうか。
だが、人面犬は決して新しい噂ではない。
人面犬というネーミングはともかく、「人面の犬」というモチーフの妖怪は江戸期より何度も報告されているのだ。
「我衣」(著・加藤曳尾庵)によると、1819年(文政二年)4月29日、江戸日本橋大工町にすむ作兵衛の家のそばで、白い犬が人面の犬を生んだと記載されている。
また平田篤胤が人面犬の絵を描き残している。
つまり、江戸期より人面犬は日本人に親しまれてきた妖怪なのだ。
いやもっとさかのぼると、平安期に朝廷を悩ませた「鵺」も人面妖怪の範疇に入るかもしれない。
伝説上では猿のような顔に、虎、狸、蛇などがまじった合体妖怪とされているが、これは人面であるという解釈にも近い。
また海外にも同様の例はある。
エジプトで人々に謎かけをしたという怪物「スフィンクス」も人面の妖怪であり、二千年前にペルシアで暴れ回ったという合体妖怪「マンティコア」も人面を有していた。
人面の合体妖怪は、世界中で数千年前から語られているのだ。
また昭和に入っても、石丸氏以前に人面犬のファクターは散見できる。
怪奇本書評家・逸匠冥帝氏の持論によると、1978年公開の映画『SF/ボディスナッチャー』から人面犬の容姿は模造されており、それに同時期、湘南地方で都市伝説化していた“四つん這いで追いかけてくる少女の霊”のモチーフが添加され、完成したのではないかと指摘している。
確かに氏の指摘どおり、石丸氏の人面犬プロデュース以前にも「犬ばしり少女」や「イグアナおばさん」など四つん這いで走る妖怪じみた人間の都市伝説は語られていた。
この四つん這いの人間という都市伝説には、イグアナの物真似で人気を博した初期のタモリのイメージや、平井和正の人気小説ウルフガイシリーズの「人狼的キャラ」、更に手塚治虫原作・水谷豊出演のTV番組「バンパイア」などの断片的情報が投影されているのかもしれない。
他にも漫画家のつのだじろう氏の「うしろの百太郎」に出てくる人語を解する霊能犬ゼロなども人面犬の元祖といっても過言はないだろう。
このゼロは、なかなか生意気な口をきく犬で、人面犬の減らず口という設定とも一致している。
つのだ漫画の読者の大部分が心霊・オカルトファンだと考えると、後に人面犬の成立にいくらかの影響を与えた可能性は否定できない。
つまり、江戸期から「人面の犬」「人犬(人狼)」という妖怪の原型は伝統的にあり、世界各国でも「人面妖怪」は語られていたのだ。
昭和に入ってからも、手塚治虫、タモリ、平井和正、つのだじろうなどにより、同様の妖怪像・都市伝説ストーリーは形づけられていき、この「人面犬」系統と思われる噂に、石丸氏が加味し、的場氏など当時の在野の都市伝説愛好家によって広げられていったという解釈が成り立つ。
2005年1月11日のTBSニュースの森の報道によると
「山形県の人面魚がネットを通じて、韓国で人気となったが、韓国のチョルジュにて韓国版の人面魚が発見された。個人が所有するものだが、鯉と鮎を掛け合わせたものだという」
なんと人面魚ブームが海を渡ってしまったのだ。
人は時代東西を問わず、何者にも「人面」をつけたがるものである。
そして、動物や魔物の顔に、「人面」を発見する事は、自らの魔性を自覚する事につながっているのではないだろうか。
平たく言えば、人類は人面妖怪の中に人類の罪や業を再確認しているのだ。
だからこそ、人面妖怪は人心が病んでいる時代にこそ姿を現すのだ。