東京都の青梅市には不思議な話が残されている。
近年まで“トミ”というものを売る者がいたという。
どうやら“トミ”とは富のようであるが、どのようにして富を売るのかは不明である。
兎に角、トミを買った者は瞬く間に富豪になったとされている。
ちなみに人々はトミを売る者の名を「大崎（おおさき）」と呼んだ。
これは名字でも名前でもない。ただ単に「大崎」と呼ぶのだ。
この「大崎」から“トミ”を買うことで財産を何倍にも殖やすことができたそうなのだ。
当時、青梅の某家はトミという名前の人間を使っていた。
もちろん、大崎が売る"トミ”ではない。トミという名の普通の女中である。
その家の主人がある時、用事があり沢を越えた機屋に出かけた。
そして偶然、その場所で噂の「大崎」にあったという。
「大崎」は小さな箱を背負った爺であった。爺は主人に向かい、しわくちゃの顔を笑顔で崩しながらこう言った。
「あんた。トミはいらんかね？」
「トミだって？」
「ああ、トミさ、金持ちになれるぞ」
主人はこれは怪しいと思い、女中のトミにひっかけ話をはぐらかした。
「トミならうちにいる。間に合ってるから大丈夫だ」
大崎は表情一つ変えずに、背負っていた箱を差し出すとこう続けた。
「そうかね。このトミを買うと、今よりずっと財産がふえるんだがね」
主人は強くいった。
「とにかく、トミなどいらない」

その後、この「大崎」は別の人間にトミを売ったらしい。
というのは、トミを買うとある現象が現象が起きるので、買った人間がいることがわかるのだ。
トミを買った人の家には、深夜怪しい火がともる。
山の麓から、トミを買った家まで怪火が点々とつながるのだ。
その火は美しく、狐の嫁入りとも言われた。
「今度はあの家がトミを買ったのか」
連綿とつながる怪火を見ながら、人々はそう噂した。
ある人が主人にこう言った。
「あんたはトミを買わなかったらしいね。賢明でしたな」
「それは、またどうしてですか？」
「トミを買った機屋は最初は儲かったらしいが、次第にトミが繁殖し過ぎて、行き場のなくなったトミが女中などに憑依して困ったそうだよ」
その機屋は金持ちになったが、身内や使用人に突如錯乱するものや憑き物がつくものなどが頻発したと言われている。
不思議な話である。“トミ”とはいったいなんなのだろうか？