アメリカ、バージニア州のフェアファックス郡はアメリカでも有数の平均所得の高さを誇り、CIAやテロ対策センターなどの国防に関する情報局本部が存在する土地である。
そんなフェアファックス郡の南西部にクリフトンという名の町があり、ここに「バニーマン・ブリッジ」と呼ばれ、怖れられている鉄道の高架橋が存在する。
ハロウィンの夜になると、この橋にメッタ斬りに惨殺された若者の死体が吊り下げられるという伝説が存在するのだ。
また、この橋の高架下で「バニーマン、バニーマン、バニーマン」と唱えると、「バニーマン」が現れるという。
「バニーマン」はその名の通り、ウサギの姿をした男である。
白いウサギのきぐるみで全身を包み、手斧で人々を惨殺していく。
ハロウィンの頃に目撃されたら、祭りを楽しんでいる男の姿にしか見えないだろう。だが、その内実は非常に怖ろしい殺人鬼なのである。
映画「ハロウィン」に登場するブギーマンなどとも共通する要素をもつこの怪物が誕生した背景として、こんな話が語られている。
1903年、当時クリフトンの町は人口300人足らずの非常に小さな町だったが、ここで暮らす住人にはある悩みがあった。
町の中に異常犯罪者を専門に収容する刑務所があり、その存在を疎ましく思っていたのである。
刑務所からは昼夜を問わず、囚人たちの不気味な声が響いてくる。
こんなものがあるから、町に人が集まらないのだ。住人たちはそう考え、刑務所を町からなくすよう行政に訴え続け、ようやくその願いが実を結んだ。
この年、住民たちの念願叶い、刑務所は廃止されることが決定した。
1904年の秋、受刑者たちはロートンの刑務所に輸送することになった。
受刑者たちを乗せたバスは、人気のない道を走っていた。だが、ここでアクシデントが発生する。
路上にあったものを避けようした運転手がハンドルを切り損ね、バスは横転してしまったのだ。
バスにつめ込まれていた多くの受刑者がこの機を利用し、森の中に脱走してしまった。
すぐに大量の警察官が動員され、森の中に逃げた受刑者たちの捜索が始まった。
受刑者は次々に逮捕され、4ヶ月も経った頃にはほとんどの受刑者が檻の中に連れ戻された。
だが、2人だけどうしても見つからない受刑者がいた。
マーカス・ウォルスターと、ダグラス・グリフォンという名の受刑者で、脱走した囚人の中でも危険な存在だった。
特にグリフォンは自分の家族を惨殺したかどで刑務所に入れられた犯罪者であり、周辺の住民を襲う危険があった。
警察は懸命な捜索を続け、ふたりの逃走の痕跡と思われるものを見つけた。
真っ二つになったものや、バラバラになったウサギの死骸である。それが、木々にぶら下がる形で残されていた。
警察の捜索範囲が絞られていく中、ウォルスタ―が発見される。
その当時は駅になっていた現在のバニーマン・ブリッジの高架下で、ウォルスタ―が死体となって見つかったのである。
手には、岩を削りだして作られたナイフや、木で出来た斧のようなものを握っていた。
ウォルスタ―は喉を掻き切られた状態だったことから、殺害されたものと考えられた。
仲間割れの末に起きた殺人。警察はそう考え、残るグリフォンの捜索を急いだ。
だが、木々に残されるウサギの死骸をたよりに捜索を続けてもグリフォンの行方だけはようとして知れなかった。
不気味なウサギの痕跡を残すことから、グリフォンは「バニーマン」と呼ばれるようになり、その名からは縁遠い恐怖感と共に語られるようになった。
翌1905年、警察はグリフォンの捜索を中止する決定を下した。
グリフォンはまだ見つかっていなかったがウサギの死骸も姿を消しており、すでにグリフォンは死んだか、管轄外に逃げてしまったものと思われたのだ。
刑務所と脱走した受刑者たち、双方が姿を消し、ようやく平穏を得たかに思われたクリプトンの住人たちだったが、再び眠れぬ夜を過ごすことになる。
付近の森で、食いちぎられたウサギの死骸がまた発見されるようになったのだ。
目に見えない恐怖が町を浸食するなか、ハロウィンの季節がやってきた。
未成年の若者たちが、バニーマン・ブリッジの下で酒を飲みハロウィンの夜を楽しんでいた。
夜が深まり、多くの若者たちは家に帰っていったが深夜になっても3人だけ残っていた。
未明頃、橋に身の毛もよだつような恐ろしい3つのオブジェがぶら下げられた。
喉を掻き切られ、胸を切り割かれた3人の若者たちの死体である。
事件はグリフォン=バニーマンの犯行だと考えられた。
喉を切られている手口はウォルスターの死体と同様のものであったが、ウォルスターの死体は腹を割かれたりはしておらず、犯行手口の残忍さは前回を上回るものだった。
ついに恐れていたことが起き、クリプトンの町は恐怖に震え上がった。
その恐怖を煽り立てるのに一役買ってしまったのが、死体発見者の証言だった。
こんな不可解な話を語っている。
その人物は、深夜橋の近くを通っていると、高架下のあたりがまばゆく光るのを見た。
なんだろうと思い高架下に行ってみると、若者たちの死体が橋にぶら下がっていたのだという。
前年の恐怖がまだ覚めやらぬうちに、またハロウィンの季節がやってきた。
さすがにハロウィン当夜に高架下を訪れる人間はいなかった。だが、朝になって警察に駆け込んできた少女の話が再び町を恐怖に陥れた。
その少女エイドリアンは、友人6人が惨殺されたと語ったのだ。しかも、その話はあまりにも奇妙で常軌を逸したものだった。
朝の7時、エイドリアンを含む7人の若者たちは、高架下を訪れていた。
昨年のような怖ろしい事件が起きているのではないかと、肝試し気分で確かめにやってきたのだ。
友人に誘われたので来てはみたものの、エイドリアンは怖くなってしまい、ひとり橋から離れたところにいた。
他の6人はみな高架下にいた。すると突如、高架下が白い閃光に包まれた。
閃光が消えるまでの数秒間、耳をつんざくようなすさまじいまでの叫び声がこだました。
まぶしさに視界を奪われていたエイドリアンが橋を見上げると、そこに6つの死体がぶら下がっていた。
喉を切り裂かれ、胸を割かれて内蔵をえぐられた、去年と同じ格好の死体が並んでいた。
エイドリアンはあまりの恐怖に気が動転しながらも逃げた。そして、警察にやってきたのである。
だが、警察は彼女の話を信じなかった。
閃光が走り、次の瞬間6人が死体になって橋にぶら下げられていたという話を信じろというのも、無理な話かもしれない。
さらに、事態はエイドリアンにとって最悪の方向に向かう。
捜査の結果、その時間、付近には他に人間がいなかったことなどから、エイドリアンによる犯行だとみなされ、彼女は逮捕されたのだ。
裁判の結果、有罪となったエイドリアンは、ロートンの刑務所に入れられることになった。
刑務所に収容されたエイドリアンが茫然自失の日々を送る中、警察はやはり彼女が犯人だったのだと確信していた。
エイドリアンが刑務所に収容されてからというもの、ハロウィンが来ても死者は出なかったのだ。
これでようやく町に平穏が訪れた。誰もがそう思った。だが、1913年のハロウィンが、それが幻だったという事を町の住人たちに突きつけることとなった。
9人の中高生たちがまたもあの橋で死体となった発見されたのだ。9人は8年前とまったく同じ方法で惨殺されていた。
エイドリアンは一転して無罪となり、彼女は刑務所から釈放されることになった。
だが、彼女の人生は元のようには戻らなかった。
事件を目撃してしまった恐怖と無実の罪で投獄されたショックで精神に異常をきたし、正常な生活は送れなかったという。
エイドリアンは1953年に亡くなったが、死因はショック死だったと言われている。
その後、20年以上も惨劇は起きなかった。だが、1970年代に入ると、バニーマンに関する噂が人々の口に上るようになった。
ウサギ姿の男の目撃情報が相次いだのだ。
1970年、ハロウィンを数週間後に控えた10月19日、空軍の士官学校に通うボブ・ベネットはバニーマン事件が起きたフェアファックス郡のバークという町を訪れていた。
この町に親戚が住んでおり、ベネットは婚約者と共に家に滞在していて、その日は野球の試合を見に行った。
彼らは親戚の家に戻る途中で、少し休憩しようと車を止めた。
2人が車に座ったまま話をしていると、車の後ろに誰かがいるような気配を感じた。
ふたりが外に出て、リア・ウィンドウの方に向かうと、ふいにガシャンという大きな音が聞こえた。
音がしたほうを見ると、車の側に男がいて助手席の窓ガラスが割れていた。
男は全身を白い衣服に身を包んだ奇妙な姿をしており、「お前らは俺の土地に無断で立ち入った!」と叫び、去っていった。
ベネットと婚約者は不法侵入をしていたわけではない。公道に車を止めていただけである。
警察に報告するため署に向かおうとすると、ふたりは車内に手斧が落ちているのを発見した。
警察でふたりが証言した内容には、いくぶん違いがあった。
ベネットは、男は耳が生えたウサギのようなシルエットだったと語っているが、婚約者の方は、男はクー・クラックス・クランのような白い頭巾をかぶっていたと話している。
同年には、建設中の家を見張っていた警備員がやはり奇妙な男を目撃している。
男はウサギのきぐるみを着ており、身長は170cm前後。20代ぐらいに見えたという。
男は家のポーチに上がろうとしていたので、警備員は「不法侵入だ」と男に警告しながら近づいた。
すると、男は持っていた手斧でポストを破壊し、
「不法侵入しているのはお前の方だ。ここから去らないと次はお前の頭にこの斧を振り下ろすぞ!」
と叫んだのだという。
他にも似たような証言がいくつも報告され、その数は50件以上にものぼった。
フェアファックスの郡警察が男を捜索したが、見つけることはできなかった。
1967年には、バニーマン・ブリッジで4度目の惨劇が起き、3人が死亡した。
それからちょうど20年が経った1987年。
ハロウィンの日に、5度目の事件が起きる。
ジャネット・キャルティエという名の少女が、4人の友だちと共にバニーマン・ブリッジを訪れた。
彼女たちはバニーマンの存在を信じておらず、自分たちの目で真偽を確かめてやろうと橋にやってきたのである。
だが、友達が急に大声を出したりして驚かすので、次第にジャネットは怖くなっていた。
それからしばらくした時のことであった。
高架下から、すこしだけ離れていたジャネットの目の前で、急に閃光が炸裂した。
光が消えると、友人たちの姿は無かった。
ジャネットが恐る恐る橋の上を見上げてみると、友人たちが喉を切られ、胸を割かれた状態で橋からぶら下がっていた。
その怖ろしい姿を見て、ジャネットは気を失ってしまった。
目を覚ましたジャネットの髪は白髪になっており、気もふれてしまったという。
その後、彼女は日がな一日、自宅のテラスに座り、橋のある方角を見つめる生活を送ったという。
これが最後の事件だった。以後は同様の事件は起きていない。
全てが事実だとすれば、驚くべき話であるが、はたして一連の事件は本当に起きたのだろうか。
「バニーマン」はアメリカでは非常に有名な話で、一連の事件に関する調査や分析なども行われている。
その分析によって、事実と反するいくつかの点が明らかになった。
まず、ことの起こりであるロートンの刑務所への移送だが、現実と食い違っているがわかっている。
ロートンの刑務所が完成したのは1910年、1904年に受刑者を移すことなど出来なかった。
また、バージニアのどの刑務所の記録を調べても、グリフィンとウォルスタ―という名の囚人の記録は存在しなかったという。
ただ、1970年にウサギ姿の男が目撃された話は事実であり、警察の記録とも合致している。
この当時の地元新聞にも「バニーマン」の目撃情報がたびたび記事にされており、その中には、ウサギ姿の男が野良猫を食べていたという目撃談もあった。
バニーマン・ブリッジで起きた怖ろしい惨劇と手斧を持つウサギ姿の男の話は、ウサギという共通点があるものの、その内容には大きな隔たりがある。
前者は超常現象的な恐怖を感じさせるが、一方のウサギ姿の男はもっと現実的な危険を感じさせる話である。
こうしたことから、バニーマンは逃走した受刑者だったという下りから、橋でいくつもの惨劇が起きたという話は、1990年代以降にネットで広まったものであり、話としての完成度の高さから都市伝説として広まったものだと考えられている。
いずれにせよバニーマンの話が人々を魅了する都市伝説となったことは確かである。
現在でもハロウィンのころになると、バニーマンの話を見聞きした多くの若者たちが橋を訪れているという。